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-水の16-
南越の湧き水
-みなごしのわきみず- [小川南越]
渇水期にも渾々と水が湧き出ていて、この水で水車が回っています。
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南越の水車
-みなごしのすいしゃ-
吾北村には3つの現役の水車があります。
米をついたり、キビ粉・ソバ粉をひいたり、暮らしに欠くことのできないものでした。
約30年前まで、村内の谷川ごとに水車があり、水車だけで地図が埋め尽くされるほど回っていました。
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-水の17-
約束田
-やくそくだ- [上八川木ノ瀬〜下八川広瀬]
長宗我部国親(ちょうそがべくにちか)の甥と伝えられる片岡紀伊守直季(きいのかみなおすえ)は、1559年(永録2)夏の夕暮れ、
上八川領主和田美濃守(みののかみ)義高を攻め滅ぼしました。
その直前、和田氏の重臣であった筒井弾正、和田和泉らが片岡直季とここで密会したので、後に約束田と呼ばれ始めたと言われます。
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-水の18-
西奈路の水田用水
-にしなろのすいでんようすい- [小川西津賀才]
西津賀才(にしつがざい)の郷士(ごうし)小川為十郎は、1827年(文政10)、川原と荒地だった西奈路(にしなろ・現在の小川小中学校)の水田化事業に取り組み、
11年の歳月をかけて2町8反の水田を開発しました。
今はコンクリート水路になって残っています。
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