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-水の12-
野地堰と滝の下の渕
-のじぜきとたきのしたのふち- [上八川本郷]
昭和50年の台風の被害で、川の様子は変わりましたが、この堰(せき)は野中兼山(のなかけんざん)によって築かれたと伝えたれています。
水路の長さは1km余りで、野地・山口・程野の水田の潤してきました。
また堰の下流の「滝の下」という渕にはエンコウ(=かっぱ)が住んでいたと伝えられます。
なお、本郷には明治の始め頃、競馬場・造り酒屋・回り舞台の芝居小屋などがありました。
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-水の13-
竜王谷
-りゅうおうだに- [上八川寺野]
川村美恵吉さんの話
「昔、この谷には竜が住んじょったにかあらん。里の人らあは竜を鎮めるための荒平面(あらひらめん)を奉納したと。
その面は強い力を持っちょって、本川へ請われて行た時期もあったけんど、あんまり暴れるけ、また戻した言う話じゃ。
それから荒平神社として祭られて今は、清川星神社に合祀(ごうし)されちょらあよ。面は御神体じゃけ見られんぜよ」
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-水の14-
樽神様
-たるがみさま- [上八川柿薮]
古くから地元の人々が樽神様として、お祭りをしています。
集落の北のワトウチには大蛇伝説の残る池もありました。
今ではその池の祭りも一緒に行われています。
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-水の15-
神河の源流
-みわがわのげんりゅう- [上八川小申田]
1269年(文永6)にまとめられた仙覚(せんがく)の万葉集注釈や南路志(なんろし)に神河(みわがわ)が収録されています。
南路志は1815年(文化12)、高知城下の豪商美濃屋・武藤致和(むとうよしかず)父子によってまとめられた全120巻の史料集で、現在でも最も便利で正確な土佐国歴史地名辞典です。
南路志には、『土佐の国の風土記に曰く「神河」を三輪河と読む。この河の源は伊予国より出づ。
水清きがゆえに大神の酒を醸すなり。〜中略〜神河というところ、この外に所見なし。』
と述べられていて、吾北村には古くから神河(上八川川・かみやかわがわ)が清らかに流れていた事が分かります。
明治のころまで「かみやかわ」でなく「かみかわかわ」と呼ばれていました。
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