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-その5-
眠れる津賀谷の獅子。
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吾北には、はるか昔からいろんな神さまが住んでいる。
かつて、村のあちらこちらには、その氏神さまを敬い、祈る祭りがあった。
しかし、いまは過疎によって消えていこうとしているのが現状なのだという。
山あいの村が抱える深刻な悩みだ。
なかでも津賀谷(つがのたに)の獅子舞は、勇壮な踊りとして村内外に知られていたという。
しかし、平成4年に舞ったのを最後に、いまも眠ったままだ。
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「うちのお獅子はかしらも大きく、よそと比べても、いちばん勇壮じゃと思います。
地元でも毎年続けてやりたいという思いはありますが、過疎ではどうにもならんというのが現状です」
と、津賀谷獅子舞保存会の世話役である山内満さん(70才)は言う。
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ここの獅子舞は、起源も定かでないというほど古く、男の子たちが獅子を怒らせてしまい、村の女の子を食べてしまうが、
最後に神さまがその女の子を救ってくれるという物語仕立てになっているのだそうで、いわば、その獅子と女の子が主体の祭りだ。
ところが、集落には、その女の子がいないというのである。
「私らぁがこどもの頃は、こども自体の数も多く、なり手に困ることはなかったです。
うちの祭りは『ピーツク、ピーツク、ピーツクや』と言いながら、鉦や太鼓を叩き、リズムが変わっていくんですが、そのお囃子に合わせて、お獅子が舞う。
小さい頃、そのお獅子が恐くて泣いたもんです。」と、山内さん。
その泣いたこどもが、いまはそのお獅子を守ろうと頑張っているのである。
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「その獅子がしらも、私が預かっています。それを眺めながら、また元気に舞わしてやりたいと思います。
やっぱり、獅子の舞わん秋は寂しいです。川内神社の神さまもさみしがっておるでしょう」
終戦後、いっとき途絶え、昭和41年に復活し、また途絶え、平成4年の育樹祭を最後に、獅子が眠りについて5年。
もう津賀谷の獅子舞が目覚めることはないだろうか。
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(平成9年発行 吾北村村勢要覧「ほのぼの吾北」より)
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